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東京高等裁判所 昭和31年(う)925号 判決 1957年4月17日

控訴人 被告人 向井春夫 外三名

弁護人 重富義男 外五名

検察官 長谷多郎

主文

原判決を破棄する。

被告人向井春夫を懲役一年に処する。

被告人堀内義和を懲役八月に処する。

被告人土屋国治を懲役十月に処する。

被告人秋元栄三を懲役六月に処する。

但し、本裁判確定の日より被告人向井春夫及び同土屋国治に対しては各四年間、被告人堀内義和に対しては二年間、被告人秋元栄三に対しては一年間それぞれ右各刑の執行を猶予する。

被告人向井春夫から金五十万円を追徴する。

原審及び当審における訴訟費用は、すべて被告人四名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人向井春夫の弁護人重富義男作成名義の控訴趣意書、被告人土屋国治の弁護人小泉英一作成名義の控訴趣意書、被告人堀内義和の弁護人山崎一男及び松阪廣政共同作成名義の控訴趣意書、被告人秋元栄三の弁護人塚崎直義及び後藤英三共同作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるので、ここにこれらを引用し、以下これらについて判断をする。

重富弁護人の論旨第一点及び第二点について、

わが国が敗戦の結果昭和二十年九月二日連合国軍に対しポツダム宣言を受諾し降伏文書に署名してから昭和二十七年四月二十八日午後十時三十分日本国との平和条約の発効するまでの間、わが主権は、完全無欠のものでなく連合国軍の占領管理下にあつたことは今更云うまでもないところであつて、右降伏文書によつて一切の官庁の職員は、連合国最高司令官が降伏実施のために適当と認めて自ら発し、又は、その委任に基いて発せしめる一切の布告、命令及び指示を遵守し且つ誠実にこれを施行することを義務づけられたことも明らかである。そして右連合国軍の占領管理は、原則としていわゆる間接管理であり自ら直接に管理の措置を講ずることなく、日本政府の機関を利用し、場合によつてはその管理の目的に添うような立法乃至組織を日本政府をして新しく設けさせてこれに当らしめることを建前としていたのであるが、ときには例外的に稀には直接自ら措置を講じ日本政府職員等に命じて事に当らせたこともあつたのである。それ故、ある場合において日本国憲法以下の諸法令の適用がゆがめられ国内法的には適法でなく違法視しなければならない事態が生じたとしても、又緊急の必要上立法措置が間に合わず法的な手当のないまま実施手段を講ぜざるを得ない場合があつても、これは前に述べた超憲法的な連合国占領軍の発する法規や命令に由来するかぎりにおいてその事態を国内法上の評価のみにより直ちに違法とすることは相当でなくその状況にかんがみ正当なものとして評価しなければならないことの生ずるのは無条件降伏ポツダム宣言の受諾という国際法的な義務を負担したことによつてまことに止むを得ないところである。従つて、渉外的な法律関係を前提とする占領管理の継続中に惹起された本件においても以上述べたところにかんがみ事態を考察しなければならないと思料されるのである。

ところで、本件においてまず問題となつている学童給食用大豆油の原料大豆の放出及びその加工業者決定乃至具体的な加工契約締結に至るまでの経過を関係証拠により考察するに、昭和二十五年一月頃以来文部省(被告人向井春夫はその職務上同省管理局教育施設部学校給食課長補佐として主として事に当る)は連合国軍総司令部(以下単に総司令部と略称する。)の関係筋(主として経済科学局)に再三学童給食用の大豆油の原料大豆の放出を懇請しておつたところ、このことを聞き知つた被告人土屋国治は同年末頃より後日原料大豆の放出の行われたときにはその加工につき大豆油製造は、かねて関係のある被告人秋元栄三が取締役社長をしている大平油脂工業株式会社に、醤油、味噌の製造は、自ら取締役社長として主宰している富士醤油株式会社(土屋合同化学株式会社の名称を変更したもの)にそれぞれ指定方を希望し、総司令部経済科学局価格配給課に勤務している被告人堀内義和及び小川雅康を通じて各関係官に連絡をつけ自己の工場の視察を願つたりして指定方の運動を続けておつたのであるが、昭和二十六年に至り右向井と土屋とが知合となり相互に協力して総司令部関係筋に右懇請を強力に続けることを約し、この頃から土屋も文部省の前記学校給食課に出入するようになつたところで昭和二十六年四月中旬になり大体大豆の放出が承認されることが推測されるようになると右堀内や小川は向井に対し若し放出になつたら前記加工業者の選定は司令部にまかせたらどうだ(その真意はかねてからの土屋の請託に基き前記富士醤油株式会社と大平油脂株式会社に特定して)といい、向井としては従来のやり方に従い入札の方法でやるべきものと考えたのであるが、若し総司令部の意向に反して文部省で加工業者を決定することを強く言えば放出も不許可となるという懸念があつたため止むを得ないことと考え若し総司令部の方で加工業者を決定するならば覚書により決めてくれと答えておいた。そこで同月二十四日頃に至り総司令部経済科学局より文部省に宛てた五、六月分学校給食用輸入大豆の放出についてと題する覚書により四月二十四日(すなわち覚書の発せられた当日)神戸に入港する船舶に積んでいる大豆四千四百トンを従来なされていたような援助物資としてでなく米国政府からの贈物として学童給食(五、六月分)のために放出が行われ、文部省は規定の方針に従い急速に配給を実施し使用する責任を負担し実際の処理、数量、配給数量大豆粕の処分及び大豆処理価格及び手持数量を記入した報告書を連合軍総司令部経済科学局あてに提出することを命ぜられた。(当庁昭和三十一年押第二九三号の一参照)そしてその頃前記小川を通じ総司令部の意向として加工業者は、前記二会社にやらせるのであるが一応文部省から総司令部にあて、業者決定の伺い書を出し総司令部においてそれを承認する形式を採りたいといい既に英文にて用意してあつた前記二会社に大豆の加工を委託することに決定したから承認していただきたいという趣旨の文書にサインを求められたので、向井において学校給食課長竪月米太郎の氏名を同人の承諾を得ないまま記載して差し出し、これに係官バニーがこの申出を承認するという趣旨のサインをしてその文書を向井に手交した(同押号の二参照)すなわち、これによつて大豆油、醤油、味噌の加工業者は、前記二会社に決定した。そしてその後文部省においては、右向井や竪月が実際右土屋秋元等と折衝の末具体的な加工契約を文部省管理局長久保田藤磨名義をもつて締結するに至つた(同押号の三、四参照)事情が明らかである。

飜つて、本件当時の文部省設置法及び文部省組織規程を関係証拠と参酌しながら検討するに、まずこの点について右組織規程第四十条第三号の「――あつ旋する等」の字句の解釈については所論において強調するとおりであり又原判決が正当に説示しているとおり「等」の文字はないものとして解釈するのが相当であると考えるものであるが、学校給食課の職務権限は、一、学校給食に関し指導と援助を与えること、二、関係局課と連絡して学校給食物資の需用供給について総合調整すること、三、関係局課と連絡して学校給食用物資に関し需要量を取りまとめ、割当、配分を行い、又は、入手のあつ旋をする事務を処理すること、四、関係局課と連絡して厚生物資に関し前二者に掲げる事務を行うこと(以下省略)であつて、本件のような占領国から放出に係る学童給食用物資についてその加工をすることその加工業者を銓衝しこれと加工に関する契約を締結したりすることは右国法上の本来の職務権限に属していないものであること、又国法上外国より日本国従つてその政府が物資の贈与を受ける場合において物品会計官吏でない文部省管理局長が名義人として事にあたり以上のような行為をすることは国法上不可能であり適法といえないことはこれを窺知することができるのであるが、又このような場合国法上の手当として例えば文部省の権限に関する法令改正その他の措置を採つた上事に当ることが妥当と思われるが、当時の国内の食糧事情と学童の健康保持その他の観点から急速な措置を必要としたことの明らかな本件においては前段認定のような次第により前記覚書をもつて総司令部より文部省に宛て直接迅速に前記のような放出大豆に関する適切な処置を採ることが命ぜられたものである。すなわち、この事は総司令部が放出大豆により直接利益を亨受する日本国学童に対しこれを的確且つ迅速に配分するに最も適当と思われる日本政府の文部省の機構を利用してこの仕事を実施しようとしたものと認められ、又文部省殊に被告人向井の属する前記学校給食課においては自己の職責上当然の役目として本件大豆の放出懇請を熱心にしていたものと認められるのである。それ故、たとえ、国法上文部省(従つてその学校給食課)に直接放出大豆に対する加工乃至加工業者の選衡、委託加工契約を締結する職務権限がないとしても、冒頭に述べたところによりその所属職員としては、この覚書に従つて誠実に命ぜられたところを実施しなければならないものであり、その限度においては、国法上本来の職務権限自体には属しないけれども、この仕事は学童に給食をするについて前記の如き諸事項を主管する本来の職務に密接に関連する行為であり且つ国際法上誠実に命に従わねばならない義務を負担する事柄であることが明白であるから、刑罰法上の考察においては職務に密接な関連行為として刑法第百九十七条第一項にいわゆる職務に関する行為に該当するものと解するのが相当であると認められるのである。そして原審証人宮土公宏の証言によれば、総司令部が自ら指令を発する場合でも外形上は被指令者からそれに関する書面を提出させ、それに基いて承認を与えるという形式を採り、又日本政府でなく日本国民を直接の対象とする場合においても一応形式的には全部日本の官庁宛の文書によつていた事実が認められるのであるから、本件において放出大豆の加工業者の選定について前述形式の書面によつてあたかも文部省においてこれを選定したかの如き観があるが、他の証拠から前記の如く解するのが相当である。しかし、その選定された加工業者と具体的に加工に関する契約を締結することは前記覚書にもとづき総司令部から命ぜられた事項のうちに包含されるものと解しなければならない。又本件大豆の最終の利益を亨受する者が日本の学童であることは多言を要しない明瞭なことであるが、その間において日本政府が一且米国政府から贈与を受けその所有権を取得しこれを学童に配給する義務を負担する関係にあるのか、或は学童自体が直接その贈与を受けその所有権を取得する関係にあるのか議論の存するところであるが(特に右証言にかんがみ)、当裁判所は、本件諸般の証拠を検討し、後者の見解を正当と思料するのであるけれども、前述のとおりそのいずれであつても、この場合総司令部はこの仕事に最適と思われこの仕事に最も近い職務権限を有し学校給食のことを主管する文部省の組織(すなわち学校給食課)を通じて自らの実施機関としてその業務に当らせたものであり文部省側においてもその意味において被告人等学校給食課の職員がその大豆放出の懇請の事務の衝に当つていたのである以上、冒頭に述べてあるとおり国内法上それが許容できない違法視しなければならない措置であつても占領下にある当時のわが国としては止むを得ないところであつて、これを違法視することはできないものとしなければならない。それ故に、文部省の管理局長久保田藤磨が個人として日本の学童グループを代表して放出大豆加工配分に関する事務に関与しその補助として学校給食課長竪月米太郎その課長補佐として被告人向井以下の同課職員がいずれも個人として事に当つたとする所論は適切でなく、この場合における文部省管理局長久保田藤磨以下の関係職員はいずれも文部省の前記職務を有する職員としてその地位において総司令部の命に従い前記のようにその事に当つたものと解しなければならない。かく解してこそ関係証拠上窺える文部省において放出大豆に関する仕事を一般本来の職務事項の事務処理と同様の形式において処理し(同押号七、一二等参照)、たとえ、小形のものを使用したとはいえ、関係文書に文部省管理局長なる職印を使用し、又文部省管理局長久保田藤磨名義をもつて前記二会社と放出大豆に関する加工契約の締結等をしている(同押号の三、四、五参照)ことが矛盾なく理解できるのである。尤もこの点について本件において採用された証人の証言のなかにも本件放出大豆に関する仕事は一切久保田藤磨個人が日本の学童グループ代表としてなしたものである趣旨の供述もないわけではないがこれらはすべて以上述べるところと関係証拠に照し遽に措信するに足りる心証を生じないもので排斥を免れない。果して然らば右のような前記学校給食課長補佐である被告人向井の本件放出大豆の加工委託に関連する仕事について謝礼として金品の授受あるにおいては、それは違法な報酬として賄賂性を帯び贈収賄罪の成立を免れないのである。

以上に説示したとおりの事実関係であるから、所論において指摘するとおり原判決が本件大豆は文部省(日本国政府)に対し放出したものでありその法律関係は原判示のように負担付贈与なりと認定し文部省管理局の係員が学童の給食に供するための管理権を取得したものとした点及び被告人向井の職務権限のうちに本件大豆の委託加工業者の銓衡決定を含ましめ原判示第三の(一)(第一と表裏の関係)において委託製造業者決定の際に前記二会社を銓衡せられたい趣旨の下に原判示第三の(二)(第二と表裏の関係)において委託製造業者銓衡に際し尽力してくれた謝礼等の趣旨において原判示金員が授受されたものと認定した点その他について事実認定を誤つたものと認められるものが存するけれども、前者は罪となるべき事実そのものではなく、又後者については原判決挙示の証拠その他によれば前述した如く被告人向井は文部省管理局学校給食課の課長補佐として有する本来の職務に附随してこれに密接な関連のある事項として前記覚書に基く放出大豆に関し上司を補佐して指定された業者と具体的に委託加工に関する契約締結に当る職務を有していたものであつて将来右の契約締結並びにその契約の履行に当つては便宜な取扱をしていただきたい趣旨において(なお、原判示第三の(一)については総司令部において加工業者決定について前記二会社を推奨せられたいとの趣旨及び原判示第三の(二)においては右の如く推奨してくれたことに対する謝礼の趣旨をも含むものであるが、これは前述した如く右加工業者の決定は総司令部においてなし、被告人向井において右決定に至るまでの間において右推奨に加担した事実は証拠上認められるが、賄賂罪を構成する右被告人の職務に関するものとは認められない。)原判示第三の(一)(二)の如くそれぞれ賄賂を収受し(従つて原判示第一第二の如く他の被告人が被告人向井に賄賂を供与し)た事実を肯認することができ、記録に現われた諸般の証拠資料を検討しこれに当審において事実の取調としてした証人尋問の結果を参酌してもこの点の事実について誤認の廉あるを発見できないのであるから、結局原判決には被告人向井の職務に関し又賄賂授受の趣旨に関し多少の部分的な事実誤認は存するけれども、その誤認は判決に影響を及ぼすことの明らかな場合に当らず又原判決は被告人向井の職務権限や米国政府から本件大豆の贈与の点その他に法令の解釈を誤つた結果が現われているがこの過誤にしても判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤とは認められないことに帰し原判決破棄の理由とすることはできないのである。それ故論旨は理由がないこととなる。

小泉弁護人の論旨第一点乃至第三点について。

原判決が被告人向井の職務権限として「……学校給食用物資の需要供給の総合調整、学校給食用物資の需要量の取りまとめ、その割当、配分及びその入手の斡旋その他の事務を担当していたもの」と判示していることは洵に所論のとおりであつて、ここに「その他の事務」という判示は、誤解をまねき易い表現ではあるが、これは通常多く用いられるように必要な部分のみを摘示し他を省略する際の表現であり、文部省組織規程第四十条各号に定めた学校給食課の主管事務のうち本件向井に関する賄賂罪の判示として必要な限度で摘録し、他は省略に附する意味でその他のものと判示した趣旨と解されるのであつて、その他の事務とは右判示されていない右法条各号に掲げられた事務を指すものと解せられるのであるから、これのみを採り上げて所論の如く違法視することはできない。

又被告人向井の原判示職務権限及び賄賂授受の趣旨について原判決に二三の誤認があるけれどもその誤認が判決に影響を及ぼすものでないこと、及び法令の適用についても原判決破棄の理由のないことは先に重富弁護人の論旨第一、二点に対する説示として詳細述べたところであるので、ここに再びこれを繰り返さない。各論旨は採用し難い。

同第四点について、

原判決を一覧すれば一応所論において指摘するような疑問を生ぜしめる憾みがあり、その措辞において妥当ならざるところも存するのであるが、所論(1) について、「その他の事務」なる記載は先に説明したとおり解すべきものであり、その余の所論については、先に重富弁護人の論旨第一、二点に対し説明したように原案において法令の解釈について異なつた意見を有した結果被告人向井の職務権限放出大豆の帰属について事実の誤認をしている点はこれを認めるに躊躇しないのであるが、所論の指摘するように判示自体に矛盾があるものとは認められない(原判決を精読するときは加工業者を銓衡決定することや銓衡した加工業者と委託加工に関する契約を締結することは一方において被告人向井の本来の職務行為と認定した趣旨でなく、前後、一貫していわゆる密接関連行為として職務に関するものとした趣旨と認められないわけではない。)から、これらをすべて原判決の理由のくいちがいあるものとしてその破棄理由とすることはできない。論旨は理由がない。

同第五点及び第六点について、

すでに重富弁護人の論旨第一、二点に対する判断として説明した限度において原判決には事実の誤認をもつて目すべきものが存するのであるが、その誤認は破棄理由とならないものであることも亦そこで判示したとおりである。そして右事実誤認の点を除外してその余の被告人土尾が他の者と共謀して被告人向井に原判示第一及び第二の賄賂を供与した事実は原判決挙示の証拠により優にこれを肯認することができ記録を精査しても所論のような事実認定の誤は発見できないから各論旨は理由がない。

同第七点について、

なるほど所論において指摘している証人山田雄三の証言によれば、被告人土屋は既往症として胃痙攣があり昭和二十六年十月二十九日より同年十一月一日頃までの間警視庁に拘禁中その発作竝びに下痢がありそれぞれ二回に亘り医師の治療を受けた事実はこれを認め得るのであるが、その後に作成された同月二日、同月十三日、同月十九日、同年十二月四日の各検事に対する右被告人の供述調書における供述がこれによつて任意性を欠き証拠能力のないものとは即断することができないのみならずこの各供述調書に任意性を欠き公判廷における供述よりもこの供述を信用すべき特別の情況なきものである的確な証左は毫も存しないから、原判決には所論のような違法はないものというの他ない。論旨は理由がない。

同第八点について、

証人尋問について速記者にその問答を筆記させること(刑事訴訟規則第四十条)及び公判調書に書面、写真その他裁判所又は裁判官が適当と認めるものを引用し、訴訟記録に添付してこれを調書の一部とすることができる(同規則第四十九条)のであるから、裁判所書記官は公判調書を作成するにあたり自ら筆写する労を省き以上の規定に牴触しない限度においてその調書作成の手段として補助的に速記者の作成した速記録をその一部として引用する方法を採ることは少しも差し支えないものと解しなければならない、蓋し、訴訟手続を迅速且つ正確に進行せしめることは法の根本的な要請であり、信頼するに足りる速記によつて、その速記に間違なしと判断できるかぎりにおいて、これを自らの記載する調書に代えて引用し、公判調書を速やかに正確に完成することは洵に時宜に適した方法であるからである。この方法を非難し訴訟手続に関する法令の違反であると主張する見解は、全く独自の見解であつて採用するに値しない。論旨は理由がない。

同第九点について、

刑事訴訟規則第四十四条第一項第三十二号によれば、公判手続を更新したときは、その旨及び次に掲げる事項(この事項としては イ被告事件について被告人及び弁護人が前と異る陳述をしたときは、その陳述 ロ、取り調べない旨の決定をした書面及び物と掲記している。)と公判調書に記載すべき要件を定めている。

そしてこの法条の趣旨は、公判手続の更新に当つて通常行われる手続のすべてを記載することを命じているのではなく、単に公判廷において更新手続が行われたことと特に従前と異なつた右イ、ロの手続がなされたときその旨を記載すれば、その他の場合は重要な手続であつても通常一般の訴訟手続において遵守され実施される事項は特に掲げなくとも、反対の事情が記載されていない限り、その手続は適正に行われたものと推測されると解し若しこの点で記載する必要があれば同法条第二項により訴訟関係人の請求により又は職権で裁判長が記載を命じて置けば足りる。又証拠調手続にして適法に行われなければ訴訟当事者において異議を申し述べその点に関する事項を公判調書の記載要件(右法条第一項第十四号)とし、更に訴訟関係人に調書の正確性に関する異議の申立を認めていること(刑事訴訟法第五十条刑事訴訟規則第四十八条参照)により公判手続の正確性は担保されるものとして公判調書の記載の簡素化を企てたものであるからである。すなわち、公判調書に記載のないことの故をもつて直ちにその事項が適正に行われなかつたと解すべきものではなく、従つて刑事訴訟法第四十八条第二項の要求するところに牴触するものではなく又所論のようにその手続が効力のなかつたことにはならない。所論は要するに現行刑事訴訟に関する公判手続の施行と公判調書におけるその記載事項との関係を正確に把握しない議論であつて採用し難い。それ故更新手続以後の手続はすべて無効であるからその適正でない手続によつてなされた原判決は虚無の証拠により事実認定したことになり憲法第三十一条に違反するとの所論は、全く誤れる前提の上の議論であつてこれ亦採用し難い。論旨は理由がない。

山崎及び松阪両弁護人の論旨第一点について、

所論において仔細に強調する点についてはその一部についてはこれを肯認するに躊躇しないところであるけれども、結局において被告人堀内に関しても原判決を破棄するの理由とならないことは既に重富弁護人の論旨第一、二点の判断として当裁判所の見解を示したところにより明らかであり、被告人堀内が被告人土屋等と共謀して被告人向井に賄賂を供与した事実については右に述べた以外の点について事実誤認は認められないからこれらについては再びここでこれを繰り返さない。従つて、論旨はこれを採用できない。

塚崎及び後藤両弁護人の論旨第一点について、

刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号に当る書面として証拠に採用するためには検察官に対する供述調書における供述内容がその供述者の公判準備若しくは公判期日においてした供述と相反するか、若しくは実質的に異なつているかのいずれかであれば十分であつて、その公判準備若しくは公判期日における供述が証人等として反対尋問の機会を与えてなした尋問に限るものではなく、或は訴訟当事者として被告人たるの地位において公判手続の冒頭における起訴事実に対する陳述としてなしたものであると又被告人としての質問に対する答弁としてなしたものである場合たるとを問わないものである。本件において、なるほど所論のように被告人土屋国治につき他の共同被告人との関係において証人として尋問してはいないが、被告人たるの地位において所論のような供述があるのであるから、これと対比して所論の同被告人の検察官に対する供述調書の記載が相反しており且つその方が公判廷における供述より信用すべき特別の情況ありとしその証拠能力を認めて本件犯罪事実を認定する証拠に供したと推察される原審の措置は誤つていないし、又その判断は記録を精査しても採証法則その他に違反するものではなく正しいものと認められる。なお、被告人向井の職務権限、本件賄賂の授受の趣旨等について論旨の主張するところについては、既に重富弁護人の論旨第一点及で第二点に対する判断として示したところをここに引用する。要するに原判決には被告人秋元の関係においても記録を検討するに右判断において示した判決に影響を及ぼすことの明らかなものとは認められない事実誤認あるの他所論のような事実誤認は遂に発見できないのであるから論旨はすべて理由がない。

同第二点、重富弁護人の論旨第三点、小泉弁護人の論旨第十点及び山崎、松阪両弁護人の論旨第二点について、

各論旨はいずれも原判決の被告人四名に対する原判決の量刑の不当を主張するものである。よつて所論にかんがみ記録を精査し当審における事実の取調の結果を参酌しこれらに現われた本件犯罪の動機態様、被告人等の経歴、地位、環境、家庭の事情その他諸般の事情を勘案考量するときは被告人等に対してはこの際刑の執行を猶予し過去の誤つた行動について反省しながら更生の途につかせるのが相当であると思料される。従つて被告人等全員に対し実刑をもつて臨んだ原判決は刑の量定不当たるに帰し論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書を適用して当裁判所自ら更に判決をする。

一、当裁判所の認定した罪となるべき事実、

被告人向井春夫は昭和九年九月二十八日会計検査院書記に任ぜられてから同院並に中央気象台等を経て昭和二十一年四月一日文部事務官に任ぜられ、同省大臣官房、会計課、教育施設局等に勤務し、次いで同省管理局教育施設部資材課に転じ更に昭和二十六年三月十五日同局教育施設部学校給食課長補佐となり同課所管事項に属する学校給食用物資の需要供給の総合調整、学校給食用物資の需要量の取りまとめ、その割当、配分及びその入手の斡旋の事務その他(文部省組織規程第四十条参照)を担当右課長を補佐していた者、被告人土屋国治は富士醤油株式会社(土屋合同化学株式会社の名称を変更したもの)の取締役社長をなして居る者、被告人秋元栄三は大平油脂工業株式会社取締役社長をなして居る者、被告人堀内義和は昭和二十二年頃から同二十六年七月三十一日頃迄連合軍総司令部経済科学局価格配給課に勤務して居た者であるところ、かねて文部省から総司令部に対し学童給食用大豆油の原料大豆の放出申請がなされ、又被告人土屋は右大豆放出決定後は自己の主宰する前記富士醤油株式会社にこれが加工による醤油、味噌の製造を、自己と密接な関係のある被告人秋元の主宰する前記大平油脂株式会社にこれに加工して大豆油を製造する仕事を引き受けさせて貰いたい希望を有し、当初は被告人堀内、小川雅康を介し総司令部関係筋にその運動を続けて居り、後には被告人向井と知るに及び同人にも口添え方を依頼し共に協力して大豆放出懇請をしており、被告人向井に対しては被告人土屋及び同秋元において右の加工業者たることの指定があつたときは便宜の取扱を懇請していたが、昭和二十六年四月二十四日頃総司令部から文部省(日本政府)宛の覚書により米国政府の贈与物資として大豆四千四百トンを学童給食用の大豆油、味噌醤油の原料として放出されることとなり、文部省がその配給のことを実施するよう命ぜられ、他面総司令部自ら被告人土屋等の希望どおり委託加工業者の指定をしたので、ここに被告人向井は総司令部の命令にもとずき右大豆に関し右委託加工業者と具体的に加工の契約を締結し更にはその契約の履行を確保推進する仕事を前記職務に附随してこれに密接関連する行為として担当することとなつたのである。このような事情の下において、

第一、被告人土屋及び同堀内は共謀の上、総司令部で右原料大豆を放出し前記二会社を前記のような加工業者に指定することが内定した同年四月中旬頃東京都千代田区大手町一丁目七番地の被告人向井春夫方に於いて同人に対し被告人堀内から放出大豆の委託加工に関する契約締結の際、並びにその契約の履行について便宜の取扱をしていただきたい趣旨の下にその謝礼として現金弐拾万円を供与し、

第二、被告人土屋、同秋元、同堀内は共謀の上、同月下旬頃東京都中央区築地二丁目所在料亭「平田」に於いて被告人向井に対し被告人堀内から被告人向井が右委託加工に関する契約の締結及びその契約の履行について将来右両会社のため便宜な取扱をしていただきたい趣旨の下に現金参拾万円を供与し、

もつて右被告人向井の職務に関し賄賂を供与し、

第三、被告人向井は

(一)  被告人土屋、同堀内が前記第一記載の趣旨の下に供与することの情を知りながら同年四月中旬頃前記自宅に於いて被告人堀内から現金弐拾万円を収受し、

(二)  被告人土屋、同秋元、同堀内が前記第二記載の趣旨の下に供与することの情を知りながら同年四月下旬頃前記料亭「平田」に於いて被告人堀内から現金参拾万円を収受し

もつて自己の前記職務に関し賄賂を収受し

たものである。

一、証拠の標目

一、原審証人小川雅康、同竪月米太郎、同富田啓一、同平松清、同村上正男、同大沢実、同佐々木平治、同重光晶、同田中二郎、同林修三、同宮土公宏の各公判廷における供述、

一、竪月米太郎、富田啓一の検事に対する各供述調書、

一、竪月米太郎作成の答申書(添付の向井春夫の履歴書)、

一、領置に係る連合軍総司令部経済科学局の文部省宛の「五六月分学校給食用輸入大豆の放出について」と題する書面の写(当庁昭和三十一年押第二九三号の一)、同文部省学校給食課の総司令部経済科学局工業課バニー宛の「大豆加工工場の委託について」と題する書面の写(同証号の二)、同文部省管理局長久保田藤磨、大平油脂工業株式会社取締役社長秋元栄三作成名義の契約書の写(同証号の三)、同文部省管理局長久保田藤磨、土屋合同化学株式会社取締役社長土屋国治作成名義の契約書の写(同証号の四)、同文部省管理局長久保田藤磨作成名義の委任状(同証号の五)、

一、被告人土屋国治の検事に対する昭和二十六年十一月二日附、同年十一月十三日附、同年十一月十九日附、同年十二月四日附各供述調書(全被告人の関係について)、

一、被告人向井春夫の検事に対する昭和二十六年十一月六日附同年十一月十五日附、同年十一月二十二日附各供述調書(被告人向井春夫の関係について)、

一、被告人土屋国治の検事に対する昭和二十六年十月二十日(土屋合同化学株式会社の社名変更の点)、同年十月二十七日附同年十月三十一日附各供述調書(被告人土屋国治の関係について)、

一、被告人堀内義知の検事に対する昭和二十六年十一月六日附、同年十一月二十一日附、同年十一月二十九日附各供述調書(被告人堀内義和の関係について)、

一、被告人秋元栄三の検事に対する昭和二十六年十一月十六日附供述調書中被告人秋元栄三が昭和二十六年四月二十五日土屋に丸の内の事務所で現金参拾万円を渡した旨の供述記載、被告人秋元栄三の検事に対する同年十月二十四日附(第二回)供述調書(被告人秋元栄三の関係について)、

一、法令の適用

被告人向井の右判示第三の各所為は、それぞれ刑法第百九十七条第一項前段に該当するところ、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるので同法第四十七条第十条により犯情の重いと認める右判示第三の(二)の罪の刑に従い法定の加重をした刑期範囲内で右被告人を徴役一年に処し被告人土屋及び同堀内の右判示第一及び第二の各所為と被告人秋元の右判示第二の所為はいずれも同法第百九十八条第百九十七条第一項第六十条に該当するので所定刑中それぞれ懲役刑を選択して処断すべきところ、被告人土屋及び同堀内の右各罪はそれぞれ同法第四十五条前段の併合罪であるので同法第四十七条第十条を適用して犯情の重いと認める右判示第二の罪の刑に従い法定の加重をした刑期範囲内で、被告人秋元については右所定刑期範囲内で、被告人土屋を懲役十月に同堀内を懲役八月に、被告人秋元を懲役六月に各処するが、被告人四名に対して前記情状により同法第二十五条第一項を適用して本裁判確定の日から被告人向井及び同土屋については各四年間、被告人堀内については二年間、被告人秋元については一年間それぞれ右懲役刑の執行を猶予することとし、被告人向井において収受した合計五拾万円の賄賂は既に費消してこれを没収することのできないこと証拠上明らかであるから同法第百九十七条ノ四に従いその価額五拾万円を同被告人から追徴する。なお、原審及び当審における訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条を適用して被告人四名に連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

弁護人重富義男の控訴趣意

第一、原判決は事実の認定を誤り、其の誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(一) 原判決は其の冒頭に於いて被告人向井の職務関係を記述し其の職務関係の対象となる放出大豆に付いては「昭和二十六年四月二十四日総司令部から文部省(日本国政府)に対し大豆四千四百屯が学童給食用の大豆油、味噌醤油の原料として放出決定になり」と唱い、即ち本件放出大豆があく迄日本国政府に放出されたものであると認定判示している。而も其の理由としては「本件大豆四千四百屯は総司令部から我が文部省(日本国政府)に対し学童に大豆油、味噌、醤油を作つて加工賃等の実費で配給することを条件(所謂解除条件付)として無償で放出(贈与)されたものであつて我が国政府はこれを右用途以外に勝手に処分し得なかつたこと、換言すれば我が国政府は右大豆の負担付贈与を受けたもので完全な所有権を取得したものでなく、言わば我が国政府殊に文部省管理局の係員が学童の給食に供するための管理権を取得したものであることを認めることが出来る」としている。

思うに総司令部からの放出大豆の受入れ側として之を日本国政府が所有権を得たものとすれば財政法上之が処分を無償で給食用に配分されることが許されず、さりとて国が贈与を受けたものと認定しなければ被告人公務員の向井の職務権限が生じないし、其の間に苦慮し原判決は解除条件付贈与なる説を立てて本件事実を認定しているのである。而して原審に於ける証人久保田藤磨(当時文部省管理局長)会計検査院大沢部長、大蔵省法規課稲村光一等の証言によるも昭和二十六年本件大豆が放出さるる当時此の問題については関係行政各官庁間で本件大豆の放出の受入機関を如何にするかは論議を尽されたものであつて、此の事は証拠品、昭和二十三年六月二十四日文部省体育局長から連合軍総司令部公衆衛生福祉部長サムス准将宛報告書によるも明らかである。原判決は右証拠及び証人の証言に反して原審判事独自の見解を以つて本件大豆の放出なる事実の解釈として相手方を国として其の性質は解除条件付贈与であると認定されたのである。然るに本件大豆の放出に関する相手方、即ち受入機関を如何にしたかの問題は過去の事実を如何に認定するかの問題でなくして放出を受ける当時から各官庁間で協議の結果放出さるる大豆を日本国政府で受取るのは適当でないので学童グループが贈与を受け之が代表者が受取ることとしたのであつて、此の事が過去の事実であり、真実であり、後日認定により左右せらるべき事実ではないのである。本件放出は全国学童グループに対する放出であることは久保田藤磨其の他当時の関係官の証言により明らかである。之の放出に対して総司令部は放出大豆から油をとり味噌、醤油に加工する業者を銓衡決定したものであり、形式を日本政府文部省管理局から伺出の形をとらされたものに過ぎない。被告人向井は学童グループの代表者である久保田藤磨の勧奨により総司令部の事務、即ち本件大豆の加工に付協力したに過ぎず、公務員としての職務権限に基いたものではない。米国から神戸に着いた折、学校給食課平松事務官は之が輸送に協力する為神戸へ出張したことがあるが、その出張旅費も国から支給されていない。この事は当時の文部省管理局に於いて本件大豆放出及び之に伴う加工等の事務を文部省の公務員としての行為と明かに区別していた証左である。原判決は右の明らかなる事実の認定を誤り、其の結果被告人向井の職務権限を肯認するに至つたので、判決に影響する重大なる事実の誤認をしたものと謂わざるを得ない。

(二) 原判決は被告人向井が相被告人堀内義和から授受した金員につき金弐拾万円也については「委託製造業者決定の際に前記両会社を銓衝せられ度い趣旨」であり、金参拾万円也については「銓衡に際し尽力してくれた謝礼並に委託製造契約の締結及び該契約の履行について将来右両会社の為便宜な取扱を受け度い趣旨」であると認定している。然し乍ら被告人向井は委託製造業者決定に際し、何等業者の選定に関与しておらず、又関与する余地もなかつた事実は被告人向井、土屋、秋元等の各公判廷の供述久保田藤磨の証言等により明らかであり、被告人土屋、秋元が右の趣旨で金員を被告人向井に贈与する理由が生じないのである。又参拾万円については「銓衝に際し尽力してくれた謝礼」とは如何なる尽力を指すのか、被告人向井は何等斯る趣旨で右両会社の為尽力していないのであるから其の謝礼として授受する理由もなく事実左様な趣旨で授受されたものではないことも前記各証言及び供述により明らかに認定出来る。被告人向井は総司令部傭員堀内義和自身から交付さるるものであると認識して授受したものなる旨供述しているし、本件大豆の加工業者が総司令部の意思と力により直接行われており、被告人向井は之に協力しているものと意識していた当時としては、右協力業務の遂行に要する費用等の為堀内から交付さるるものと信じていた事も条理上理解し得る処である。且つ被告人土屋の原審に於ける供述によるも土屋は本件放出及び加工は総司令部がやるものと信じていたから堀内及び小川に金員を供与したものであり、土屋から文部省の向井被告に交付する積りはなく、堀内の一存に委かせた旨の事実を認めることが出来る。原判決は事実として発生していない被告人向井が業者の銓衡決定に尽力した等の虚無の事実を基礎として証拠を収集認定したものであり、事実の認定を誤つたものである。

第二、原判決は法令の適用を誤つた違法があり、判決に影響すること顕著である。

(一) 原判決は収賄罪の構成要件たる「公務員其の職務に関し」の解釈として「本来の職務に密接な関係を有し其の職務に随伴して発生した行為」亦収賄罪の対象となる職務行為である旨解釈し本件加工契約締結事務及び其の契約履行につき監督すべき地位は即ち公務員の職務行為であり刑法第百九十七条を適用している。成る程「公務員其の職務に関し」の解釈につき本来の法令に基く公務員の行為のみならず更に之を拡大して之に密接な関係を有する行為も亦涜職罪の対象となる意味に解することは最近の判例の傾向であるが本件については全く斯る場合と異る。

即ち本件大豆の放出を受け之が加工契約を締結する当時から斯る行為は国としては為し得ない行為であるから政府としてはやらない。学童グループが之に当り、実際の事務処理としては学童グループの代表者である文部省管理局長個人久保田藤磨が之に当ることと事実を確定したものであり、文部省管理局給食課の業務とは明らかに区別して処理したものである。斯る意識的に公務と区分した業務については公務に随伴して発生する密接なる行為とは称し得ないものであり、明らかに彼此異る業務である。斯る明らかに公務と区分された行為については刑法第百九十七条を適用する余地なきものであり、此の点に於いても原判決は法令の適用を誤つたものである。

(二) 原判決は、「加工業者の銓衡決定加工契約の締結及び履行が何れも被告人向井の職務権限内の行為であり、従つて其の職務に関し収賄したものである旨判示している。而して其の理由として文部省組織規程第四十条第三号に所謂「入手のあつ旋」なる文言は斯る職務権限を表現したものと解釈している。然し乍ら右組織規程第四十条第三号の「入手のあつ旋」なる用語は「割当、配分、又は入手のあつ旋」なる用語の配列によるも原判決の如く広義に解すべきものではない。原判決によれば、右「入手のあつ旋」には、(1) 放出の申請(2) 放出を受けること(3) 之が管理(4) 加工業者の銓衡決定を総べて含み(5) 加工業者との契約の締結は之に随伴する、密接なる行為であると解釈している。斯くの如く「入手のあつ旋」をのみ広義に解するならば、其の前の字句、割当、配分も入手のあつ旋行為に含まれて相当である。組織規程に所謂「入手のあつ旋」は本件について言えば放出の申請及びあつ旋を受けた団体機関が之を受領する迄の放出物資の一時的、臨時の占有程度のものを意味すると解するのが相当であり加工業者の銓衡決定の段階に付いては、斯る行為は契約内容にも関係し其の契約の締結と密接不可分となり実施機関でない文部省の本来の性質上からも不可能な業務であり、組織規程としても斯る意味を包含せしめたものでないと解するのが至当である。即ち加工業者の銓衡決定及び之が契約の締結、履行は文部省公務員の職務権限事項でないから、之を職務権限の範囲内に属するものと解して、刑法第百九十七条を適用した原判決は法令の適用を誤つたものである。

弁護人の小泉栄一の控訴趣意

第八点原判決は判決に影響を及ぼす訴訟手続に法令の違反がある。第二十六回公判調書によれば「証人田中二郎に対する尋問及び供述内容は別紙速記士補村上有克、同富田耕次作成の速記録記載のとおりである」と記載され、速記録が添付されてある。成る程刑事訴訟規則第四十八条は書面、写真を記録に添付して調書の一部とすると規定はして居るがこの書面と云うは契約書又は上申書等断片的なものを意味し、書記官の作成すべき殊に重要なる証人調書を速記者の作成した速記録を以てかえると云うことまで意味するものではない。若しこれを許すならば、特定の傍聴人の作成した証人供述書を添付して調書にかえるに至り公判調書の性質を変更するに至るであろう。即ち原審の訴訟手続は法令の違反である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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